北中津原の紹介

 私たちの住んでいる北中津原は、北に養老山地を背にして東に蓮華谷、西は小穴谷の渓流が、下流で呼び名をかえて員弁川に流れ込みます。寺谷(てらんたに)と宮谷(みやんたに)が南中津原の境となりなだらかな南傾斜地となっています。峠や尾からは伊勢湾、四日市、鈴鹿山脈が一望できるところです。

 数百万年まえには、東海湖と名付けられている大きな湖ができ、養老山地を背にした北中津原は、その北岸であったらしく戦時中に資源を補うために亜炭の採掘が行われ、同じように炭坑は当地方にいくつもあったそうです。

 北中津原は昔、人々が最初に住み着いたのは、中原神社の沢のあたりだったそうです。寛永の時代に行順寺を境にして、南中津原と北中津原に別れ千年以上の歴史がある集落です。

 そして、太閤検地の検地帳や鉄砲治郎左、蓮如上人にまつわる伝説などが、数多く伝えられ、また、山を越え南濃から行順寺に賭博めあてに、人の出入りがあったそうです。

 昔から北中津原の人々は、きびしい年貢の取り立てになんとか畑を水田にできないものかと考えていました。そして、明治の時代に村人が力を合わせ新溜を完成させました。私たちは新溜の大切な水によって、今日まで生活を築いてきたのです。

 季候は夏はむし暑く、冬は北風が日本海の雪雲をはこんでくるので雪が多いところです。

 秋には祭りがあり、収穫を目の前にした村人たちは、強弱のある力強い中原太鼓を叩き豊作を祈ります。40年くらい前までは、秋になると松茸狩りが有名で、名古屋方面から観光バスがたくさんやってきましたが、現在ではその光景は見ることは出来ません。

 北中津原の歴史は、古い時代から国の諸情勢に左右されながらも発展を続けてきました。

 過去や現在を知らないと未来を語ることはできないのではないでしょうか。

 北中津原ホームページでは、今昔いろいろな情報を載せていきたいと考えています。

 ホームページの作成にあたり、いなべ市教育委員会から北勢町風土記の引用を承諾して頂き誠にありがとうございました。

2006年8月13日 伊藤昭朗

北中津原自治会ホームページ http://kitanakatsuhara.inabe.info/

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