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膝つき石伝説 山田川の上流は蓮華谷と呼ばれて北裏山に発し、いくつもの小谷の清流を寄せている。その一つに天狗谷というのがある。この天狗谷が合流している下手に「膝つき石」と北中の人々が呼んでいた一つの石があった。今は林道敷となってしまって、その姿はないが、此の石にまつわる悲しい物語が、北中津原に残っていた。 お雪の家は、当主を兄の新兵衛と言って、かなりの田畑を耕作する高持ち百姓だった。その頃、北中では秋の取り入れもすんで農閑期になると、まもなくやってくる冬に備えて柴刈りに山に出かけるのが習慣だった。この山稼ぎには男女の別なく、どの家でも皆が競うようにして出かけていったという。 彼女は大柄な娘で、手拭いのねえさんかぶりがよく似合う人一倍の働き者、毎日半里の山道に入って天狗谷付近を稼場としていた。 多度山系の東西中ほどにある「堂ケ峯」は、員弁町地内でその昔、頂上に七堂伽藍か建ち、大勢の修行僧が往来したという。まこと、言われるような大きな寺院があったかどうかは、文献もなくさだかでないが、古代は一般に山の信仰があつく、山に住み、山で修行する者を崇拝する態度は極めて濃かった。堂ケ峯に行く道は、美鹿から登るのと、この蓮華谷を登って行くのがあるが、いずれも谷越えの山坂道だと聞いている。お雪は、知る由もない大きなお寺の様子などあれこれ想像しながら、何故か、いま逢ったばかりの若い僧侶が忘れられなかった。 今日は、朝から雪時雨のする寒い日だった。お雪の帰りが遅いので、兄新兵衛は心配していた。折から暮れ六つの鐘を聞くと、何故かしら新兵衛は胸さわぎを覚えるのだった。 お雪の忌明けがすんだころ、北中津原南谷に一人の修行僧が住みついた。 (資料の原文をそのまま引用している文章ではありません) 著者 故伊藤竹士 |
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