北中津原の歴史・伝説

実在する太閤検地の古文書
北勢町風土記 資料第一章 北勢町教育委員会 1978年

 豊臣秀吉は天下を統一すると全国にわたって田畑の検地を行った。所謂これが太閤検地である。秀吉はこのとき従来の「六、六の法」という三百六十歩一段を曲尺六尺三寸平方を一歩として三百歩一段、十段を一町とする「五、六の法」に改めた。よって従前の一町歩は一町二反に、一反は一反二畝となった。勿論かかる大事業が短日月で達成するものではなく、完成までには前後十八年もの歳月を要しているという。今、北中津原に保存されている検地張には「文禄三年、京極大夫」と記されているので、比較的早くこの地方が検地されたものとみえる。複本ではあるが凡そ四〇〇年も以前の古文書である。

(資料の原文をそのまま引用している文章ではありません)

著者 故水谷純蔵

北中津原自治会ホームページ http://kitanakatsuhara.inabe.info/

北中津原の紹介 / 自治会長挨拶 / 特産物 / 歴史・伝説 / 地域情報 / 昔の暮らし / リンク集 / 協賛企業・団体 / お問い合わせ

Kita-Nakatsuhara Jichikai All Rights Reserved. Copyright(c) 2006-2013.